沿革

短期大学の誕生

本学の前身は、1961年(昭和36年)4月に新潟女子工芸高等学校(1900年、明治33年の創立)の上に専攻科を設置したことに始まる。この専攻科は、1965年(昭和40年)4月に短期大学が文部省から認可されて発展的に解消された。

短期大学を創立するという新しい時代を迎えるに際して、従前の法人名「新潟女子工芸高等学校」では、短期大学の名称を決めるにまことに不調和で且つ不都合なものであった。このために法人名の改定は、必至の情勢に迫られていた。

そこで、短期大学の設置認可を申請する機会に、新法人名の公募を法人役員、同窓、教職員、生徒から募り、実際に数多くの名称が寄せられたが、学園の環境や伝統、理想、語呂、或いは字画数にわたるまで、英知を集めて協議したところ、公募とは別に「新潟青陵学園」の名称が浮かび上がり衆議一決された。

新法人名は、1964年(昭和39年)8月25日開催の理事会並びに評議員会に認定を経て、寄附行為(定款)変更認可申請書並びに短期大学設置認可申請書をそれぞれ文部省に提出。1965年(昭和40年)1月25日付けで文部大臣から正式に認可され、これに伴って、1965年(昭和40年)4月から次のように改められた。

法人名
「新潟青陵学園」 (旧名称:新潟女子工芸高等学校)
学校名
「新潟青陵女子短期大学」新設
「新潟青陵高等学校」(旧名称:新潟女子工芸高等学校)
「新潟青陵中学校」(旧名称:同上、併設中学校)

なお、新潟青陵学園の名称の由来も「学園の環境が松の樹々にとり囲まれ白砂青松の美しい丘陵にあること。そして『青』の文字は、草木生成の色をあらわして若さと発展の意味をもつもの」と定義付けられた。また、学園の創設者下田歌子女史の「いちはやし根ざしをつけし姫小松ここより千代の陰はなすらむ」の歌にもちなみ『青陵』の名称は本学園を象徴するもっともふさわしいものとなった。

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